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バリチェロは勝てるドライバーか?
B.A.R移籍が確定したバリチェロ
あらためて彼の経歴をふり返ってみます。




1972年生まれ、34歳。インテルラゴスサーキットの近くで育ちカートを始める。
1991年 イギリスF3に参戦。名門のウエストサリーレーシングでラルト-ムゲンに乗ってポールスチュワートレーシングのクルサードと競い合い、チャンピオン獲得。
1992年 F3000でぱっとしない1年を過ごし、1993年にジョーダンの正式ドライバーに抜擢される。
1993年 まだまだ非力なハートエンジンに悩まされつつ、シーズン終盤、日本GPでチームメイトのアーバインよりもひとつ上、5位で初入賞。
1994年 93年と同じ体制。岡山のパシフィックGPで初表彰台。次のサンマリノGP(致命的な事故多発のあのGPです)で大クラッシュするもその次のモナコGPには出場、レースは電気系のトラブルでリタイア。この年のスパではタナボタとはいえ初のPP獲得。結局19ポイントを獲得してドライバーズランキング6位。
1995年 ジョーダンはプジョーエンジンにスイッチ。チームは非力で壊れまくりのエンジンにひっぱられ悲惨な状態に。ランキング11位。
1996年 チームメイトはマーティン ブランドルに。相変わらず非力なプジョーエンジンに悩まされつつも手堅くポイント獲得。ランキング8位。
1997年 新規参入のスチュワートに移籍。チームメイトの新人マグヌッセンはジャッキー御大とソリが合わず。
1998年 チームは十分に機能せず。チームメイトはシーズン途中でフェルスタッペンに。
1999年 新しくハーバートがスチュワートに加入。フォードの資金注入もあって一気にチームの流れが好転。フランスGPではバリチェロ2回目のPP獲得。ハーバートはヨーロッパGPでスチュワートグランプリにとって初めてで最後の優勝。このときバリチェロも3位入賞。
2000年 アーバインにかわってフェラーリに移籍。シューマッハのために走る事に。ドイツGPで初優勝!ランキング4位。
2001年以降はシュー兄とフェラーリのための滅私奉公(泣)

間違いがありましたらツッコミよろしくお願いします。

はー、長かった。こうしてみると表舞台でド派手に達振る舞うタイプではありませんね。ウデは評価されていても環境がそろわなくて結果を出せていないという感じ。速く走れる状況にあれば結果を残せるけど、その速さでチームを引っ張ってマシンの開発を進めるというタイプでもなさそう。

いいクルマに乗れば速く走れる。クルマの開発能力はそれなり。環境がそろえば勝てるドライバー。優勝経験あり(ここが重要!)。

来年のチームメイトが誰になるのかわかりませんが、B.A.Rにはクルマを速くすることができる強力なテストドライバーが必要でしょう。
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by qnot | 2005-08-26 18:32 | F1_2005